#33 ねこのはなし その2 −家族の絆−

前回から、思いのままに、最近起きたことを書いています。

(「その1」からお読みになりたい方はこちらから)

大自然の中で生きる

ねこがいなくなる可能性を排除したいなら、完全室内飼いにしたら、と思う方がおられるかもしれない。

しかし、家の周りはひたすら畑や原っぱがどこまでも広がり、小川沿いは高低さまざまな木が生い茂り、鳥たちのめずらしいさえずりが輪唱のように響き渡る。

どう考えてもニンゲンより動物の方が多いような大自然の真ん中で、少なくとも我が家では、ねこを家に入れておく選択肢はない。

だから、そういうかたちでねこと暮らしているということは、今この瞬間にもいなくなる可能性があるということで、それは最初から仕方がない。

ニンゲンがねこを飼っている、わけではなく、ねこがたまたまこちらと一緒にいてくれているような。

3世代の真ん中だった

マロンは、母親のびっくり(という名前のねこ)が産んだ4匹のうちの1匹で、紅一点だった。

びっくりは村のとあるお宅から譲渡していただいたねこで、現在4歳9ヶ月。

日なたぼっこ中のマロン(手前)とびっくり、2021年3月

そしてマロンは一昨年、やはり4匹の子猫を産む。3匹は別の村の方に譲渡し、1匹だけいた黒猫を我が家に残した(4匹の柄はほぼばらばらだった)。

この黒猫はオスだったが、びっくりもマロンも、一度出産してからは避妊手術をしたので、また子猫が増える心配はなかった。

愛する対象を失った悲しみ

黒猫(ノッティ)は、マロンのことが心底大好きだった。いつもマロンにくっついて、どこへ行くにもほぼ一緒だったのではと思う。あとを追いかけて追いかけて、時にうるさがられていた。

マロンが帰ってこなくなって、ノッティも数日後くらいから事の重大さを認識したとみえ、目に見えてご飯を食べなくなった。

一週間後くらいには、このままどうにかなってしまうのではないかという様子で動かなくなった朝もあった。

獣医さんに連れて行くべきか、とも思ったが、こちらの事情で様子を観ることにした。ご意見はあるかと思うが、我が家では獣医さんに連れて行くというのは最終手段で、なるべく頼らない方針になっている。

ご飯を変えたり、なるべくウェットフードをあげたり、たくさん話しかけて、たくさん抱っこして…と、考えられることをして、時間をかけて少しずつ持ち直してはきた。それでも時々、ぼーっと脱力したような、遠い目をしてぼんやりしていることがある。

私もたまに涙が出てくるけれど、いちばん悲しいのはノッティなのだ。

きっと片腕をもがれたような、ノッティの悲しみには、及ばない。

それでも必死に生きている、ぎりぎりでも生きてくれている。

団子でシエスタ、2021年2月

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