#32 ねこのはなし その1 −消息不明−

(ブログ主題とあまり関連ないかもしれませんが、村暮らしの「一部」を綴ってみます。エッセイと日記のあいだのようなものになると思います。もしご興味あれば読んでみてください。)

何か書かなくてはと思いながら、半年以上が過ぎてしまった。

COVID-19のせいというわけではなく、自分の中の壁のようなもの、色々あって表現する力が失せてしまったように思う。

更新してないんですね、というお叱りやご心配も何件かいただいて、本当に耳が痛く、ただただ申し訳ないきもち。
でもどうしてもうまく書けない。

リハビリもかねて、何か書こう、ただ書こう、と思うに至った。

6月13日のできごと

というのは、どうにも、きもちの整理のつけようがないことが起きたからで、セゴビア観光やスペイン旅行とは関係がないけれど、村の生活の一部といえば一部(こじつけ)なので、この場を借りて文字にしてみようと思い立った。

ねこのはなし。

我が家にはねこがいて、昼間は家なり庭なり外なり好きなところで過ごしている。夜はたいてい私がガレージに入れるので、そこで寝て、朝また好きなところへ出かけていく。

私はとりたててねこ好きというわけでもないし、どちらかというと犬と暮らすのを夢見ていたくらいなので、ねこに対して「生き物」「家族」というきもち以外はフラットな方だと思う。

3週間前、6月13日の日曜、当時3匹いたうちの真ん中のマロンというメスの、行方がわからなくなった。

正確には、6月11日金曜に一度外泊し、土曜の昼に帰ってきた。外泊自体は(ごくたまにだが)どのねこも時々あり、翌日には必ず帰ってくるので、あまり気にしていなかった。

しかし、13日の日曜にまた帰ってこず、14日の月曜も帰ってこず、15日の朝にはこれはおかしい、ということになった。

村のWhatsAppグループでシェアしてもらったり、行きそうな場所に住んでいる村人に聞いたり、歩いて探したり、心当たりを当たったが、結局わからなかった。

庭の裏手に広がる原っぱは、この時草刈りされておらず、背の高い草だらけでとても人が歩けるような状態ではなかったので、ここを探すのは無理だったが、おそらくこの方角へは行っていないだろうと思われた。

突然いなくなるという衝撃

マロンは3匹の中で、いちばん野性の強い、あまりニンゲン化していないねこだった。年齢は3歳と2ヶ月。

家よりは外にいるのが好きで、たいてい庭にもおらずどこかへ出かけていた。

そして毎日、一番遅くに帰ってきた。10時半くらいが彼女のレギュラー帰宅時間だった。

しかし、それでもきちんと帰ってくる。そして時には、窓ガラスを叩いたり爪でカリカリかいたりして知らせる。この点だけはニンゲンっぽかった。

それを3年のあいだ、ほぼ毎日繰り返していた。我々が日本に行っている間、友達にご飯とトイレをお願いして数週間家を空けた時でも、きちんと家の周りにいた。

それが、ある日突然帰ってこなくなった。

数日はまだ実感がなかったが、本当にいない、10時半になっても帰ってきた音がしない、この衝撃はじわじわと日増しに襲いかかってきた。

何もわからない

もしかしたら帰ってくるかも、というきもちはゼロではないのだが、周囲の環境と、いなくなった時の状況から、誰かに連れ去られたか、でなければ自動車以外の事故に遭ったかではないか、と夫と話している。

交通事故は道が1本しかないのですぐわかるし、マロンは車に対するセンサーはしっかりしていた。

これまでに交通事故で、マロンの兄弟(同時に生まれた四ツ子)のうちの2匹が亡くなっている。もちろんこの時も悲しかったし、何日も泣いていたこともあった。

しかし、その悲しみとはまた別の、すべてが宙ぶらりんの、どこにもやり場のない、輪郭のない悲しさ、さびしさ。悔しさ。

未解決。

でも、自分の意志で、どこか別の場所へ行ったのなら、それは彼女の自由だから尊重する。

プロフィール写真のねこ

このブログのプロフィール写真に写っているのは、マロンである。美猫と言ってくださる方もいてありがたかったが、私にとっては、「ねこらしい」顔をしたねこだった。

この村暮らしの中の、ねこの話を、これから少し書いてみようと思う。

マロン、2020年夏

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